札幌市は国際観光都市として発展してことを目指し、都市の魅力を高め、観光振興を強力に推進していくための新たな財源として観光目的税(宿泊税)の導入検討を進めてきました。
現在開会中の令和6年札幌市議会第4回定例会に「札幌市宿泊税条例(案)」が提出され、12月11日の市議会本会議において議決される見込みです。
新税導入は今後の札幌のまちづくりに寄与する大変意義あることとまずは確信しております。
筆者はシンガポール在住中の20年前から、同国の観光目的税”CESS”が観光振興に大きく寄与し、世界有数の観光先進国として発展し続けている様を直接目の当たりにし、北海道・札幌での導入をことあることに提言してきました。
そして2009年に北海道が国家戦略特区を目指す中で、当時道職員であった私は目玉となる観光施策のアイデアを求められ、「観光目的税」の導入検討を始める戦略を提案しました。
おそらく、北海道の公的な場において「観光目的税」の導入に向けた具体的な提言がなされたのはこれが最初でありました。
残念ながら当時の道庁はこの案の意義を理解するほどに成熟してらず、一笑に付してゴミ扱いで終わらせました。
あれから15年、遅ればせながら道も道内の多くの市町村も観光目的税の導入に活路を求め、道も札幌市も同時に2026年4月の運用開始を目指しており、積年の思いがようやく現実化するものと感慨深いものがあります。
ただ、札幌市の宿泊税の具体的な制度をみると、まだまだ改善すべき点が多くあると考えます。
今回は新たにスタートするであろうこの宿泊税について、メリット、不足点、そしていかに有効に使用するかという点について、私見を述べたいと思います。
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観光税は納税者から反発が少ない貴重な税金
まず、観光目的税の特徴・メリットを上げるとこんな感じでしょうか。
- 観光消費に対して課税
- 旅行客が負担 → 担税感が極めて少ない(住民の負担は小)
- 旅行客が増えると税収が拡大
- 目的税のため、観光関連事業にのみ充当
観光税は観光に関連する消費に課税するもので、基本的に旅行者が負担します。
今回の札幌市の新税は旅行者が行う様々な消費行動のうち、宿泊のみを対象として宿泊料に一定の課税をするものです。
したがって、名称は「宿泊税」としています。
この税金の最大のメリットは、納税者が旅行者であることから、課税に対して拒否反応が少ないことです。
つまり納税者の担税感が著しく低いのです。
旅行者が目的地を選ぶ際、宿泊料に多少の課税がなされているか否かなんて、旅行先選びにほとんど影響を与えません。
ビジネスの場合は目的地選びの余地すらないので、課税の有無は旅行の是非に全くといっていいくらい影響しません。
世界中の都市で導入されていますが、観光税導入が旅行者の減少を招いたという事例は知る限りありません。
むしろ観光関連投資やサービスが向上し、入込増につながっているケースが大半です。
地域が頑張れば税収増で報われます。
税収を観光関連の事業に有効に活用すれことで、訪問地、宿泊地としての快適度、満足度、必要度も増し、旅行者の増加が期待されます。
当然、税収も連動して増加し、自治体は事業予算を拡大できます。
税収の使途については、法定外目的税として位置付けられているので、観光関連の事業に限定されます。
ただ観光は人の移動、来訪に関わる幅広い事業の総体として活性化されるものです。
観光プロモーションや観光地整備といった直接的なものから、交通や道路、人が来訪するビジネス目的の強化など、幅広い事業が対象となり得ます。
先進諸外国では、交通機関や道路等の整備、産業団地やビジネスシンポジウムなども観光税の収益を充当している事例が多くあります。
自治体の考え方次第で様々な課題解決に活用できる財源です。
札幌市の宿泊税制度の残念な点
札幌市が観光税の制度導入に舵を切ったという点では大いに評価します。
しかし、具体的な内容については、将来の「税収の最大化」という点では大いに残念な部分があります。
といいますか、日本での先行事例ほぼ全てに共通する残念な発想です。
それは大きく以下の2点。
- 「観光税」ではなく「宿泊税」という名称を採用したこと
- 税額を「定率制」ではなく「定額制」としたこと
「観光税」ではなく「宿泊税」という名称を採用
我が国では既に多くの自治体が観光目的税を導入していますが、そのすべての名称が「宿泊税」です。
課税対象を宿泊料金としているので「宿泊税」というにしているのだそうです。
しかし海外の先行事例はほとんど「観光税」です。宿泊料金だけを課税対象としていてもです。
先にも書きましたが、「観光目的税」は観光消費に対して課税するという概念の制度であり、宿泊はその観光消費の中の一つの行動にすぎず、他にも課税対象となり得る消費はたくさんあります。
海外では交通や観光施設に課税している事例もあります。
私が関心を持つきっかけとなったシンガポールのCESSは「観光消費税」として、宿泊はもちろん一部のレストランやエンターテイメントなども課税対象となっていました。
(2007年に消費税全体の税率を上げた際にCESSの税率は0%になり、事実上の制度休止)
観光税という名称ではないですが、入域税・入島税のようなものもあります。
このように幅広い課税対象を模索しうる制度であるのに、「宿泊税」としてしまったら将来の拡張性をハナから放棄しているような名称です。
観光消費であることの把握のし易さや、理解の得やすさなどことから、国内のみならず海外でも宿泊のみを課税対象としている事例が大半ですが、バカ正直に「宿泊税」などという限定的で拡張性のない名称を付ける必要などありません。
海外では通常「観光税」です。
正直といえば正直だし、限定的な名称にして反発の範囲を最小限にしようという意図もわかりますが、本質よりもことなかれ主義を重視する日本人的な向き合い方は、制度の潜在価値からすると大変残念だといわざるを得ません。
「定率制」ではなく「定額制」を採用
税額の決定に際し、宿泊料金に対して段階的に定額の課税をする「段階的定額制」を採用しました。
同時期に宿泊税の導入を検討している道も同じく段階的定額制を採用する予定で、国内のほとんの先行事例がこの形式です。
例外はニセコで賑わう北海道 俱知安町のみで宿泊料金の2%としています。
現在のところ定率制を採用しているのは国内ではニセコ町のみで、他には沖縄県が26年度から定率制での制度導入を予定しています。
定額制を採用する最大の理由は、特別徴税義務者である宿泊事業者の事務負担を配慮してのことと言われています。
しかしこれだけICT化が進んだ現在において、定率制が定額制よりも著しく事務負担が増すという議論はナンセンスとしか思えません。
個別の事業者に電卓やエクセルで計算してもらうのなら確かに大変でしょうが、今どき経理などシステム化されてるので定額だろうが定率だろうが大差ないはずです。
あの複数税率で複雑な消費税ですらできちんと世の中に浸透しており、大きな混乱はありません。
システムの構築費用を個別の事業者の責任とするなら負担にはなるでしょうが、今どき難しいシステムでもあるまいし、自治体側で開発して事業者に一定期間の無償使用許可してあげるなどすればよいと考えます。
また定額制は、低価格帯の施設利用者の税負担率が高くなるという不公平感があります。
一般的に高価格帯より低価格帯の利用者の方が税負担に敏感であることから、やはり定額制が得策とは思えません。
近年の宿泊料金の高騰トレンド下では、定額制は定率制より明らかに税収ロスが大きくなります。
先日俱知安町の文字(もんじ)町長とお会いした際に、定率制の観光税を導入して大変大きな税収が入ってくることになり本当に良かったと仰ってました。
超高額宿泊施設が多いニセコエリアですからもちろんそうでしょう。
札幌も外資系高級ホテルが次々と建設されてますので、定額制による将来の機会損失はかなりのものとなるでしょう。
海外では定率制が主流です。
基本的に人類の歴史は長期で見るとインフレトレンドであり、また来訪者の拡大は宿泊料の底上げにつながるので定率制の方がはるかに優れています。
事務が煩雑だなどという課題を耳にしたこともありません。
定額制での制度導入を目論む北海道が、既に定率制でスタートした倶知安町との調整で難航しています。
劣った制度の後発組が優れた先行事例の足を引っ張っているのですから、理不尽なことです。
雪対策への有力な投資財源に
先ほども述べたように、観光は人の移動、来訪に関わる幅広い事業の総体として活性化されるものですので、宿泊税の税収は幅広い分野で有効に活用し、多角的な視点で観光振興に役立てていくべきです。
観光目的税収を使用するにふさわしい事業としては、例えば以下のものが想定されます。
これらの中で特に声を大にして私が提案してきたのが、札幌市の最大の課題の一つである雪対策事業への活用です。
札幌の観光の一つの目玉が「冬季観光」。
冬に訪れる旅行者が満足する観光資源を充実させることはもとより、雪で旅行者の移動が滞ったり、滑って転んだりすることが極力ないよう、交通や道路の整備を進めることは、冬季観光地としての立派な投資です。
もちろん、生活道路の除雪などに仕向けることはできませんが、幹線道路や公共交通機関周辺、観光地周辺などの除排雪などは、観光対策事業と言えるでしょう。
また、ロードヒーティングや融雪構など、雪に強い道路インフラ整備も重要な冬季観光対策です。
さらに私はかねてより、ICTやAIを活用した除排雪の効率化を提案しています。
市内の道路にセンサーとしてのAIカメラを配備し、全市的に降雪状況や道路状況、交通状況などをリアルタイムに把握。
そしてAIが弾き出した最適な除排雪ルートに基づいて作業する。
そうすれば、現在市内の10区がバラバラに出動している現在の仕組みよりはるかに効率化し、作業経費の軽減はもとより、現在深刻な除排雪作業の人材不足対策にもなります。
こういう将来への投資に財源を回し、冬の国際的観光都市として成熟していくとともに、住んでいる市民の生活を向上させていく視点を強く持つべきです。
せっかく新たに取り入れる有望な税制度ですから、広い視点で将来への投資も見据えて活用してほしいものです。
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