若い世代や次世代へ、スケートボードスピリッツを伝えたい!

スポーツ
スポンサーリンク

ひらき ここな さん。ご存じですよね。

東京オリンピックのスケートボード女子で見事に銀メダルを獲得した12歳。
日本史上最年少のメダリストです。すごいですね。

北海道苫小牧市出身で札幌の屋内スケートボードパーク HOTBOWL skateparkに所属しています。
ここなさんは、この小さなスケートボードパークに苫小牧から毎日のように通い、朝から晩まで夢中で練習を積んで、銀メダルの栄冠にまでただり着いたんです。

このスケートパークを運営し、ここなさんの指導者である堤 裕介さん・由季さん夫妻に先日お会いしました。

スケートボードはこれまで日本ではあまりいいイメージがなく、北海道ではろくな練習施設もありませんでした。
若者たちは、公園やガード下の空き地なんかで細々とボードを滑らせ、技を磨いていくしかないような時代がずっと続いていました。

これでは競技のレベルなんか上がらないし、そもそも「不良のたまり場」みたいな悪いイメージすら拭えない。

そんな状況に危機感を感じた堤さん。
彼自身も若いころからスケートボードに魅せられてきましたが、若い子たちのために何とかボード環境を改善してあげたいと考えました。

そして、2008年に私財を投じてHOTBOWL skatepark をオープンしました。
私財といっても全額借金をして思いを形にしたのです。
そして若い世代の指導に没頭してきました。

それから12年、堤さんのスケートボードパークからとうとうオリンピックのメダリストが誕生しました。

本当に万感の思いだったでしょう。
こころから喝采を送りたいと思います。

でも堤さんは語ります。

「ここなは凄い。でもファイブフォーティ(540°回転する技)さえできれば間違いなく金メダルだった。残念ながら北海道には本格的な”エアー(空中技)”を練習できるような施設がないんです。ボクの小さなパークじゃ無理だし、北海道のどこにも練習できる場所がない。ボクの力ではそこまではできなかった。それが本当に残念です。

東京オリンピックで初めて公式協議となったスケートボードですが、若い日本人選手たちのメダルラッシュの大活躍には正直驚いた方も多かったのでないでしょうか。
ボクもそうでした。

でも、日本のスケートボード練習環境は決して恵まれていませんでした。
というか、まともな練習施設は日本中を見渡してもほとんどありませんでした。

金メダルを獲得した堀米雄斗選手は、充実した練習環境を求めて17歳で単身渡米しました。
アメリカは練習環境のみならず、プロ競技としての仕組み、認知度、そしてスポンサーなど支援の厚みなど、なにをとっても日本とは格段の違いがあるそうです。
堀米選手はその中に飛び込んで世界の頂点を極めました。
ロスアンゼルスに豪邸を購入したことでも話題になりましたね。
それだけ収入にもつながる環境があるのです。

そんなにも差がある恵まれない環境の中で、若い日本人選手たちがあれだけの活躍をみせたことは、ある意味”驚愕”の偉業だと言えるでしょう。

今、堤さんは札幌にエアーにも対応できる本格的な練習施設を作りたいという夢を持っています。

「あの子たちは、日本よりもずっと恵まれた環境の中で練習してきた選手たちと戦ってメダルまで争ったのだから本当にすごいです。

「そして、日本におけるスケートボードのイメージも変えてくれました。ライバルである他の選⼿のチャレンジする技や姿勢に賛辞を送り、それぞれのスタイルを認め合い、リスペクトし合う姿はとても印象的で⽇本中が感動してくれたと思います。スケートボードは単に優劣を競うものではなく、個を認め合う”⽂化”なのです。

「ボクはスケートボードを通じて若い世代や次世代へ、スケートボードスピリッツを伝える、学べる場所をつくりたい。だからどうしてもスケートボードパークが必要なんです。」

札幌は冬季オリンピックの招致を目指しています。スノーボード選手の育成にも絶対に大きな効果を発揮するはずです。

堤さんの語り口はとても静かでしたが、熱い思いと決意が伝わってくるものでした。

小さなアイスキャンディーショップ ”ICE TACHE” を経営しながら、子どもたちの育成に没頭する日々。

ICE TACHEという店の名前の由来は、練習が終わって疲れた子どもたちが楽しみにしているアイスキャンディー。
食べると、口のまわりにクリームの”口ひげ(mustache)”ができることから、”アイスのひげ”という意味でつくった言葉とか。

そんなエピソードからも堤さん夫妻の子どもに対する溢れるほどの愛情が伺い知れます。

アイスキャンディーをかじりながら、
「この人たちを応援したい。」
そんな思いが大きくなってきました。

そのためにボクにできることがあるのなら、力を貸してあげらたい。

そして、ここなさんのこれからの活躍を支え、さらには第2、第3のここなさんを札幌から生み出すことができたら、本当に素敵なことだと思いませんか。

コメント

タイトルとURLをコピーしました