とかくに人の世は住みにくい――イノセントな不調和

ESSAY|人と社会
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「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」

あまりにも有名な一節。そんな言葉が、ある日突然自分の中で引っ掛かる。
そんなことが誰でも時々あるのではないだろうか。
というわけで、Kindle Unlimited で無料ダウンロード。
久しぶりに夏目漱石の『草枕』を読み始めた。

この歳になって読むと、舞台設定も「言葉」もいちいち引っ掛かる。

人の世は、確かに住みにくい。

でもその住みにくさは、「悪意のある人や嫌いな人がいるから生まれる」とは限らない、ということくらいは、この年になってくると十分に分かっている。
むしろ、「悪意」や「嫌悪」が源泉である方が簡単なのかもしれない。

悪意には警戒すればいい。
利害が違えば距離を取ればいい。
政治的な批判なら、それなりに長くこの世界にいるので、どう受け止めればいいのかも大体分かる。
難しいのは、大抵は悪意なんて持っていないことだ。
いや、正確に言うと、双方とも「良心」の側に立っていることだ。

こちらはこちらで、それなりに誠実にやっているつもりでいる。
相手にも相手の事情と感情がある。
おそらく相手も、自分なりに正しいことをしていると思っている。
どちらも悪意なんかない。
むしろ「善かれ」と思って言っている。やっている。

でも、なぜか噛み合わない。

最近、そんな状態を勝手に「イノセントな不調和」と呼んでいる。
我ながら少し気取った言葉だと思う。
こういう言葉を思いついてしまうところが、そもそも人と噛み合わない原因なのではないか、という気もしないではない(笑)。

誰も悪くない。
それでも、音が合わない。

そして不思議なことに、遠くで鳴っている大きな不協和音より、すぐそばで鳴った小さな不協和音の方が、ずっと耳に残る。

現実の娑婆世界では、とかくいろいろなことを言われる。
まるで不協和音でできているかのようだ。
特に政治の世界なんかに長くいると、いやというほど実感する。

評価もされるし、批判もされる。
期待されることもあれば、期待が具体的な形にならないこともある。
そして形になっていないと判断する権利は、全て相手の側にある。
どう評価しようとその人の自由だ。
たとえ、評価される側にどんな言い分があろうとも。

昔は、そういう一つ一つの理不尽にもっと感情をいたぶられていた。
でも最近は少し変わってきたような気もするし、やっぱり変わっていないような気も。

誰が正しいのか。
誰が評価されるのか。
誰が何になるのか、上になるのか下になるのか。
誰が残り、誰が消されるのか。

そういうことと、人間の能力や価値が必ずしも一致しないことは、嫌というほど見てきた。
だからなのか、政治の世界で起きることそのものが、以前ほど知的好奇心を刺激しなくなってきた。

むしろ気になるのは、その奥にいる人間の方だ。
なぜ人は、これほど理解されたいのだろう。
なぜ、自分とは違う人間が自分と同じように物事を見ることを、当たり前に思うのだろう。
そして、理解されないと分かっている相手にさえ、なぜ「分かってほしい」「分かるはずだ」という気持ちを捨てずにいられるのだろう。

自分自身についても、よく分からない。
歳を重ねれば、もう少し人間というものに慣れるのだと思っていた。
実際、慣れた部分はたくさんある。
その一方で、昔よりはっきり見えてしまうものもある。

自分が何を大切にしているのか。
何には耐えられないのか。
何を欲しいのか、もう欲しいと思わないのか。

自分の輪郭が、少しずつ見えてくる。

それは悪いことではない。
そして先日、ふと思った。
輪郭とは、境界でもある。

自分の輪郭がはっきりするということは、自分と他人が同じではないことも、はっきりするということだ。
近しい人であっても、その境界はなくならない。

それは少しつらい。
だからといって、境界をなくしてしまえばいいなんて思わない。
自分を殺して相手に合わせれば、今度は自分が苦しくなる。
相手が自分を殺してこちらに合わせてくれても、それはそれでなんとも居心地は悪いだろう。
そうでない幸せな天分を持った人もいらっしゃるようではあるが(笑)。

なるほど。
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。」
漱石はやっぱり、ずいぶん面倒なところを突いてくる。

では、どうすればいいのか。
まだ分からない。
「人は完全には分かり合えない。だからこそ互いを尊重することが大切なのだ。」
などと書けば、たぶんきれいに終わる。
でも、あまりにも薄っぺらいのは、お天道様が東から登るのと同じくらい明らかだ。

分かり合えないことを受け入れたからといって、分かってほしいという気持ちがなくなるわけでもない。
境界を認めたからといって、不協和音が心地よく聞こえるわけでもない。

人の世は、やっぱり住みにくい。

『草枕』はまだ読み始めたばかりだ。
この先、漱石が何か答えを教えてくれるのか。
たぶん、そんな親切な本ではないだろう。
まあ、急ぐこともない。
もう少し読んでみよう。

それにしても。
百二十年も前から人間がこんなことで悩んでいるのなら、この問題、どうやら簡単には解決しそうにない。

秋の夜や 栞はさみて 人の世へ

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