人はなぜ、そこにいるのか

ESSAY|人と社会
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前回、「とかくに住みにくい」人の世で、「気がつけば、ここにいる」自分のことを少し振り返ってみた。

そして、誰もがみんな「そこにいる」。

長く実社会にいると、実にいろいろな人を見る。
驚くほど頭の切れる人。
人の心をつかむのがうまい人。
どんなに批判されても平気な人。
失敗しても、翌日には何事もなかったように次の話をしている人。

逆に、とても優秀なのに妙に不器用な人もいる。
人の反応に敏感な人。
譲ってしまう人。
考えすぎる人。
自分を売り込むことが得意でない人。

会社でも、大学でも、役所でも、政治の世界でも、おそらく同じなのだろう。
社会というものは、能力だけで人の居場所が決まるようにはできていない。

人間関係がある。
タイミングがある。
運がある。
時代との相性もある。

そして何より、「そこへ行きたい」という気持ちの強さ。
これが実に大きいのだ。

考えてみれば当たり前である。
何かを手に入れようとする人は、そのために動く。

何度断られても足を運ぶ人がいる。
自分を売り込むことを厭わない人がいる。
機会があれば迷わず手を挙げる人がいる。
そういう人を見ていると、人間を動かしているものは能力だけではないのだと、改めて思う。

では、人はなぜ、そこへ行きたがるのだろう。
より大きな仕事がしたい
自分の考えを実現したい
期待に応えたい
人から認められたい
たぶん、どれか一つではない。

社会のためという気持ちもあれば、自分のためという気持ちもある。
人間の動機というものは、本人が説明するほど純粋でも、単純でもないのだろう。

立派な志と、ささやかな虚栄心

そんなものが、同じ人間の中に普通に同居している。
それでいいし、人間なんてそんなものだ。

もちろん、自分だってそうだ。
実現したい何かはある。
評価されれば嬉しいし、期待されれば応えたいとも思う。

ただ、その表れ方は人によってずいぶん違うらしい。
前へ出る人もいる。
慎重に様子を見る人もいる。
迷いながら進む人もいる。
自分なりの場所を見つけて動く人もいる。
どれが立派だという話でもない。

政治の世界に入るとき、ある方から、
「政治の世界に入るなら、あなたはもっと“鈍感力”を養わなければダメだ」
と言われたことがある。
今でも、ときどき思い出す。
身についたのかと聞かれれば、どうだろう。
自分ではあまり自信がない。
まあ、傍からはそう見えていないかもしれないが(笑)。

政治の世界に身を置いていると、もちろん政治の仕組みや出来事そのものに目が向く。
でも最近、それより面白く感じることがある。

人は、なぜ欲しがるのか
なぜためらうのか
なぜ喜ぶのか
なぜ憤るのか
なぜ悲しむのか

人間社会というより、人間そのもの。
少しシニカルなのかもしれない。
でも今のボクには、こちらが実に面白い。

ゆく夏を 惜しむどころか スイカ狩り

【シリーズ「とかくに人の世は住みにくい」】

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