人はなぜ、そこへ行きたがるのか

ESSAY|人と社会
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政治の世界に限らず、長く実社会にいると、実にいろいろな人を見る。

驚くほど頭の切れる人。
人の心をつかむのがうまい人。
どんなに批判されても平気な人。
失敗しても、翌日には何事もなかったように次の話をしている人。

逆に、とても優秀なのに妙に不器用な人もいる。
人の反応に敏感な人。
譲ってしまう人。
考えすぎる人。
自分を売り込むことが得意でない人。

「サインしてやるからもう来るな」と言われるまで通い続ける、トップセールスマン。
人からいろいろと揶揄されながらも、出世街道を驀進する政治家。
徹夜で準備をして、成果は上司や同僚に持っていかれるビジネスマン(失敗したときの責任は彼に独占権が回ってくる)。

なぜ、この人が上へ行くのか。
なぜ、あれほど能力のある人が取り残されるのか。
そして、自分にはチャンスが巡ってこない…。

多くの方が実感することだろう。
世の中は不公平だと思う方も少なくないだろう。
ただ残念ながら、会社でも大学でも役所でも、人間の社会とはそもそも、能力順に人が並ぶようにはできていないのだ。

ましてや政治の世界など言わずもがなだ。

人間関係がある。
タイミングがある。
運がある。
時代との相性もある。

そして何より、「そこへ行きたい」という熱量と欲望の強さ。
これが実に大きいのだ。

政治をやっていると、ときどき感心するほど「上へ行きたい人」に出会う。
ボクにはない種類のエネルギーを迸らせている人がいる。

決して真似したいとは思えない。
もちろん、真似などできやしない。

では、自分にはそういう気持ちがなかったのか?
そんなこともないだろう。

より大きな仕事がしたい。
自分の考えることを実現したい。
期待に応えたい。
人から認められたい。

程度の差こそあれ、そんな気持ちは誰の中にもある。

上へ行けば、より大きな力を行使できる。
思い描いた世界に近付くことができる。

それもまた、上を目指す理由にはなるのだろう。

ただ、人間の動機というものは、本人が説明するほど純粋でも単純でもない。
立派な志と、ささやかな虚栄心が同じ人間の中に普通に同居している。

それでいいし、人間なんてそんなものだ。

政治の世界に飛び込むとき、ある方にこう助言をいただいた。
「政治の世界に入るなら、あなたはもっと“鈍感力”を養わなければダメだ」

これまでのところ、自分ではこの助言を痛感しているが、身に付けられてはいないようだ。
まあ、傍からはそう見えてないかもしれないが(笑)。

政治の世界に身を置いてはいるが、最近、政治そのもの以上に興味の対象となってきたのが、人間という存在である。
人間社会にではない。人間そのものだ。

少しシニカルなのかもしれない。
でも今のボクにはこちらが実に面白い。

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