第1話 ふたつの世界を渡る
夏目漱石の『草枕』を読み終えた。
「とかくに人の世は住みにくい。」
このあまりにも有名な書き出しが、何故か突然頭に浮かび、久しぶりに読み始めた。
そして、人間という妙な生き物についてあれこれ考えはじめ、エッセイを書き出した。
人はなぜ、分かってほしいと思うのか。
なぜ、自分と違う人間に、自分と同じような理解を期待するのか。
分かり合えないことを頭では理解していても、ちょっとした言葉に傷ついたり、腹を立てたりする。
そんなことを何回かにわたって書いてきた。
最後には「何者にもならない」などという、少々大げさなタイトルで締めくくった。
もちろん、何かを悟ったわけではない。
相変わらず、人の言葉に引っ掛かるし、評価されれば嬉しい。批判されれば面白くない。
人間なんてそんなものだ。
……と書いてしまうところも、変わらない(笑)。
そんな自分が『草枕』を読み終えた。
そして、ふと窓の外を見ると、虹がかかっていた。
札幌の街並みの向こうに、淡い七色の橋が架かっている。
虹なんて、条件が揃えば現れる自然現象にすぎない。
それでも、本を閉じたばかりの朝に目にした虹は、妙に心に残った。
『草枕』を読み終えて、ボクの中に残ったものの一つが、「ふたつの世界」という感覚だったからだ。
夢とうつつ
都会と山里
自然と文明
人情と非人情
当事者と傍観者
そして、人と人
『草枕』には、そんな二つの世界が幾重にも重なっているように感じられた。
もちろん、漱石がそんな意図で書いたのかどうかは分からない。
少なくとも、今のボクにはそう読めた。
主人公の画工は、人の世の煩わしさから離れ、山の中へと入っていく。
俗世の利害や感情から距離を置き、目の前の景色や人間を、一幅の絵のように眺めようとする。
いわゆる「非人情」の世界である。
ところが、そう簡単にはいかない。
山の中にも人はいる。
人がいれば、それぞれの過去があり、事情があり、感情がある。
美しい景色を眺めているつもりでも、その向こうに人間の営みが見えてくる。
結局、人の世から完全に離れることなど、できないらしい。
そもそも、人の世を離れたいと思っているのも、人間なのである。
考えてみれば、ずいぶん厄介な話だ(笑)。
ボク自身も、長いこと二つの世界の間を行ったり来たりしてきたような気がする。
人と関わり、社会の中で何かを実現したいと思う自分。
その一方で、人間関係の煩わしさから離れ、静かに本を読んだり、景色を眺めたりしていたい自分。
政治家の端くれでありながら、政治の世界にどこか馴染みきれない自分。
人間というものをもっと深く知りたいと思いながら、ときには人間そのものが面倒になる自分。
どちらが本当の自分なのだろう。
そんなことをつらつら考える。
でも結局、どちらも自分なのだろうとしか言えない。
そもそも、人間というものが、それほど首尾一貫した存在なのかどうかも怪しい。
「立派な志と、ささやかな虚栄心」
以前、そんなことを書いた。
別にどちらかが本物で、もう一方が偽物という話ではない。
相反するものが、同じ人間の中に普通に同居している。
ただ、厄介なのは、自分の中にある二つの世界なら、何とか折り合いをつけられても、相手の中にある世界までは思い通りにならないことだ。
自分には自分の見えている景色がある。
相手には相手の景色がある。
同じ場所に立っていても、同じものを見ているとは限らない。
以前、そんな状態を「イノセントな不調和」と呼んだ。
悪意がなくても、音が合わない。
それは、互いに違う世界を生きているからなのかもしれない。
『草枕』の終盤、山の中で過ごした画工は、再び現実の文明社会へと引き戻されていく。
そこには汽車が走っている。
人間を同じ箱に詰め込み、同じ速さで運んでいく汽車。
漱石はそこに、近代文明の危うさを見ていた。
人間の個性を尊重するようでいて、同時にその個性を押し込めてしまう文明。
百二十年前の文章なのに、今の社会にも通じるような気がする。
それでも人は、その文明社会の中で生きていく。
山の中に留まり続けるわけにはいかない。
人の世が住みにくいからといって、人の世を捨ててしまえばいいという話でもない。
少なくとも、ボクにはそんなことはできそうにない。
やはり、何とも人の世は住みにくい(笑)。
窓の外の虹は、いつの間にか消えていた。
虹は、どこかとどこかをつなぐ橋のように見える。
でも実際には、橋が架かっているわけではない。
見る場所が変われば、見える虹も変わる。
同じ虹を眺めているつもりでも、隣にいる人には少し違う虹が見えている。
何だか、人間の世界に似ている。
「二つの世界」
どちらか一方に住み続けることも、二つを一つにしてしまうことも、どうやら簡単ではないらしい。
ならば、その間を行ったり来たりするしかないのだろうか。
いや、それだって、そんなに器用にできるものなのかどうか。
まあ、急いで答えを出すこともないだろう。
虹の朝 ふたつを渡る 草枕


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